この記事では、ICUで働く薬剤師の仕事内容や役割について、救急認定薬剤師でもある私の経験をもとに解説していきます。
新型コロナウイルスによる感染が世界中に拡大されていくなかで、医療崩壊が問題として取り上げられ、広く一般の方たちにまで注目されるようになりました。
特に医療崩壊の中心的な現場となったのが集中治療室(intensive care unit : ICU)です。
ICUは生命の危機にある重症患者さんを24時間モニタリングしながら先進医療技術を駆使して集中的に治療する施設です。
ICUでは新型コロナウイルス感染症の関連報道で何度も取り上げられた人工呼吸器や人工心肺以外にも人工透析などの高度な機器が使用されます。
また麻薬や筋弛緩薬、そしてさまざまな劇薬がICUの患者さんに投与されます。
そのためICUでは専門的で高度な知識と技術を取得している集中治療医や看護師を中心としたチームが重症患者さんを治療しています。
さらにICUでは臨床工学技士や理学療法士そして薬剤師なども同じチームとして働いています。
一般の方に限らず、医療従事者の方でも「ICUで薬剤師が何やるの?」と感じる方も多いと思います。
ここではICUの薬剤師の仕事内容を紹介したいと思います。
私がICUで薬剤師として働くまでの経緯
病院勤務時代。
ICUで働いてきた時間はかけがえのないものになっています。
ICUで一緒に働いてきた医師、看護師などさまざまな医療スタッフに助けられながら患者さんの治療に全力で向き合ってきました。
ICUで得た経験はとても貴重なものですし、薬剤師としての私を形成する大きな要素になっています。
またICUで出会うことのできたスタッフたちは素晴らしい人たちばかりで、恵まれた環境で働くことができました。
私がICUの担当になったのは病院勤務3年目の2009年。そこから9年間、ICU担当として勤務してきました。
私が配属される前のICUには薬剤師は配属されていませんでした。
今ではICUで薬剤師が働いているのはわりと当たり前になっていますが、その当時は大学病院のような大きな医療機関以外ではICUで働く薬剤師はいませんでした。
そのころ勤続3年目だった私は、上司から「これからの時代、薬剤師はICUに行かないとね。ヨロシク。」みたいな感じでICU担当に任命されて「どうしたらいいんだ〜」って感じだったのを今でも思い出します。
論文やほかの施設の業務内容を参考にしながら一人で模索ながらICU業務を立ち上げ、試行錯誤しながら長い年月をかけようやく形になりました。
ここでは私がICUで働いてきたことを書いていきたいと思います。
あくまでも私の経験であって一般論ではないのでご了承下さい。
ICUでの薬剤師業務
カンファレンス
朝出勤するとまずICUのカンファレンスに参加。
カンファレンスでは毎日全ての患者さんについて、前日からの病状の変化が報告され、これからの治療方針を話し合います。
カンファレンスに参加するスタッフは、集中治療専門医・主治医・看護師・理学療法士・臨床工学技士そして薬剤師です。
初めてカンファレンスに参加したときのことは今でも鮮明に覚えています。
ビビりながら参加したカンファレンスで飛び交う言葉は今まで耳にしたことのない専門用語ばかりで、日本のはずなのに外国にいる感覚でした。
これはマズイと思い猛勉強して、まずカンファレンスの内容を理解できるようにすることから始めました。
次第に外国にいる感覚はなくなり、薬剤師としての意見もカンファレンス中に伝えられるようになってきました。
カンファレンスで発言した意見が治療に反映されることも徐々に増えるようになり、患者さんの治療に貢献できているという実感とともに、責任感も増していきました。
カンファレンスには患者さんの現状や治療方針の医療スタッフ間での共有、意見の集約などさまざまな役割がありますが、カンファレンスすることでスタッフ全員が同じ方向に向かって治療に専念できるメリットがあります。
カンファレンスに参加することで医師たちが目指す治療方針を理解できるので、その治療をより良くするためにどうしたらいいかと薬剤師独自の視点から考えるようにしていました。
その思考の結果、別の治療薬や別の投与方法に変更した方がいいと判断すれば、それは医師と相談して治療に反映してもらっていました。
薬剤師はカンファレンスに参加してICUの治療をより良いものにしていかないといけないと思います。
処方内容のチェック
薬剤師が配属される前のICUでは、医師が注射薬の投与の指示すると、看護師が注射薬を取り揃えて、別の看護師が投与していました。
もちろんダブルチェック、トリプルチェックされて安全は確保されていましたが、そこに薬剤師目線でのチェックはありませんでした。
薬剤師は特性上、間違いを見つけることが得意な職業でリスク回避能力が高いため、医療安全面は必要とされます。
さらに薬剤師は薬の専門家なので、薬の相互作用や薬の体内での変化や動き(薬物体内動態と言ったりします)について詳しく、それを活かした処方の評価もできます。
薬剤師が処方内容をチェックすることは患者さんの安全確保の面から重要とされていて、「処方鑑査」として薬剤師の主要な役割とされています。
ICU配属後は処方された薬が患者さんに投与される前に薬剤師が処方内容をチェックして、安全な治療の確保に努めていました。
注射薬
ICUで投与される薬のほとんどは注射薬や点滴です。
ICU以外の入院病棟で投与される注射薬は、前日のうちに薬局で患者さんごとにセットして病棟に届けています。
ICUでは前日ではなく当日、カンファレンスの結果を踏まえた治療薬が選択されます。
ICUではたくさんの種類の注射薬がストック管理されていて、薬局を経由することなく患者さんに投与されます。
薬剤師が配属される前は、前述したとおり医師の指示を受けた看護師が1日分の注射薬をピッキングして看護師同士でダブルチェックしてから、患者さんのベッドサイドに置いておくことになっていました。
薬剤師配属後、薬剤師は注射薬をピッキングしてから看護師とダブルチェックしています。
薬に詳しい薬剤師がピッキングすることで効率化とリスク回避両面でメリットがありますし、看護師さんの業務軽減にもつながります。
無菌調製
多くのICU患者さんは口から食事することが難しい状態にあります。
ですから鼻から管を入れて栄養剤をゆっくり入れることが多いのですが、お腹を休まなければいけない患者さんは点滴から栄養を取る必要があります。
栄養価の高いものは細菌も繁殖しやすいので、血液に直接投与する点滴は口や鼻から摂取する栄養剤よりも厳重な感染対策が必要です。
ICU患者さんはすでに感染症になりやすい状態になっていますので、より厳密な感染管理が必要です。
ICUでは無菌的に輸液を調製できるクリーンベンチを使って、薬剤師が輸液を混合しています。
入院前の治療薬の把握
ICUでは多くの患者さんは緊急で入院してきて、コミュニケーションをとれる状態ではありません。
入院前に飲んでいた薬の情報は患者さんの治療方針に大きく関わってきますので、その情報を迅速かつ正確に知ることは重要です。
入院後は次々といろいろな処置や検査がおこなわれるので、なかなか患者さんから直接薬の情報を確認できる状況にありません。
医師や看護師はもちろんハードワークしていて、薬の情報を確認している余裕はありません。
なかには個人輸入してきた薬を飲んでいた患者さんもいたりするので、迅速かつ正確に薬の情報を知ることは難しいです。
薬の専門家である薬剤師であれば、薬の名前や錠剤の色や形などある程度の情報があれば、飲んでいた薬を特定もしくは推定することが可能です。
薬剤師は入院前の治療薬を把握して、医師に迅速に情報提供できるように努めています。
麻薬・筋弛緩薬・麻酔薬
ICUでは厳重に管理しなければいけない薬が数多くあります。
特に麻薬や筋弛緩薬、麻酔薬が代表的なものになります。
こういった薬は犯罪にも関ってきますから、在庫数を毎日確認する必要があり台帳管理しています。
ICUでは救命のために慌ただしく治療がおこなわれるので、厳重な管理が必要な薬もバタバタした状況で投与されます。
この慌ただしい状況で麻薬などが紛失しないように、薬剤師は治療状況を把握しながら薬の準備や数の確認をしています。
こういった薬の在庫管理は薬剤師の重要な役割となっています。
TDM
TDMについてはこちらの「薬の血液中濃度の解析」の項目で解説していますので参考にしてください。
治療薬によっては薬の血液中濃度を測定して解析することで、薬の投与量や投与方法もしくは薬の種類が変更されることがあります。
薬の血液中濃度は患者さんの病状や治療薬、透析などの処置によって大きく変わってきます。
ICUでは患者さんの病状や処置内容が日々大きく変化していくので、薬の血液中濃度を評価することはとても複雑になります。
ICUの患者さんの病状を正確に把握でき、薬の特性も十分に理解しているICUの薬剤師が血液中濃度を評価・解析することで適切な治療につながっていくと思います。
医師や看護師のサポート
ICUでは各職種がサポートしあいながら医療を支えています。
医師が治療や診断に専念できるように。
はたまた看護師が看護に集中できるように。
できる範囲にはなりますが、薬を使う場面では薬剤師が主体になって治療に関わるようにしていました。
医師へのサポート
たとえば、
「患者さんの病態に合わせた薬剤の投与量や投与方法の設定」
「感染症と診断された患者さんの抗菌薬の選択の助言や投与量の提案」
集中治療領域では医師がやらなければいけないこと、考えなければいけないことはあまりにも多岐に渡ります。
そこで薬剤師として医師の負担をできるだけ軽減したいと思いから、薬剤師の得意分野である薬物動態学や感染症の分野などの知識を使ってサポートしていました。
さらに具体的に説明したいと思いますが、ここからは少しマニアックなので飛ばしてもらっても構いません。
重症患者さんの病態は日々変化していくので、治療もその変化に応じたものになっていきます。
もちろん薬物治療も。
たとえば血液透析が導入された患者さんの薬物治療。
患者さんの腎臓の状態が悪化したときに使われる血液透析ですが、
これは腎機能の低下により除去できなくなった有毒な老廃物を除去しますが、同時に治療薬を除去してしまうこともあります。
透析で除去される薬物が投与される場合、その除去率を予想して投与量を医師に提言したりします。
その際、透析によって除去されやすい薬物とそうではない薬物には特徴があるので、それをもとに除去率を予想します。
難しいのは1日で腎機能が急激に改善したり、悪化したりすることがあるので、それに対応した投与量を提案することです。
薬の過少投与は病態の悪化につながりますし、過量投与は副作用のリスクになります。
実臨床では腎機能以外に、輸液の量や併用薬、肝機能、炎症反応などさまざまな条件に合わせた薬物の選択、投与量の設定が求められます。
そしてこういったことは医師が薬剤師を信頼していただけるからこそ実施できるのです。
薬剤師は医師をサポートするため、信頼されるため、日々勉強し続けています。
看護師へのサポート
集中治療室の患者さんは一般病棟と違い、さまざまな医療器具がたくさん使われています。
たとえば、人工呼吸器、人工透析、人工心肺、動脈に挿入されているカテーテル、栄養カテーテルなどまだまだたくさんあります。
基本的には一人の看護師が一人の患者さんを看護するわけですが、患者さんのバイタル確認・評価、医療機器の管理、清拭、痰の吸引、薬剤の投与などなどこれまたやることがたくさん。
できれば看護師さんには患者さんの看護に集中してほしいので、薬に関することは薬剤師に任せてもらっていました。
薬剤師は患者さんに薬を直接投与することはできないので、その直前まではサポートしていました。
サポートの内容としては、同時に流れる注射薬の配合変化の評価、注射薬のピッキング・混合、内服薬のセットなどをおこなっています。
特に大切なこと
ここまで書いてきたことはもちろん大切なのですが、なによりも大切なのはICUのスタッフ同士で相談しあえる環境を常に作っていく意識です。
薬剤師がICUにいても無愛想だったりして話しかけてもらえなかったり、相談されなかったりしたら意味がありません。
ICUで私はスタッフの職種や年齢など分け隔てなく、たわいもない話などもしたりしてコミュニケーションすることを心がけていました。
そうすることでいろいろなスタッフから、たわいもないことや重要なことまで、さまざまな相談をされるようになりました。
日常的に他職種スタッフ間で相談しあえる環境があることが、結果として患者さんのより良い治療に繋がっていきます。
個人的には理想的なチーム医療が勤務先のICUにあったと思っています。
最後に
ICUではいろいろな疾患の重症患者さんの治療に関わってきました。
当時は責任の重さを感じながら必死に勉強しつつより良い医療を目指してきました。
そのおかげで幅広い分野の知識と経験を得ることができたと思います。
患者さんの病状や不安を理解し、寄り添った医療を提供するために、ICUで得た経験はすごく活かされています。
こちらの記事では病院薬剤師の紹介もしています。ぜひご覧ください。
コメントを書く